img20220125173025086958.png img20220125173025030634.png img20220125173024904643.png img20220125173025129730.png img20220125173024782045.png img20220125173025155537.png img20220125173025430144.png img20220125173026549013.png img20220125173025576146.png img20220125173025633119.png img20220125173025692356.png img20220125173025773316.png

邑南町
地区別戦略


邑南町のコミュニティデザイン

人口減少の著しい中山間地域において持続可能な地域社会を維持・運営していくための新たなしくみづくり「地区別戦略事業」を全国で初めての実施する島根県の小さな町、邑南町。当サイトは、その「ちくせん」の活動をレポート形式で報告する特設サイトです。

邑南町地区別戦略

邑南町のコミュニティデザイン
 

img20220124145218038779.jpg img20220124145214892579.jpg img20220124145219409881.jpg img20220124145219493410.jpg img20220124145217499732.jpg img20220124145219386874.jpg img20220124145221915635.jpg img20220124145228903424.jpg img20220124145232471987.jpg img20220124145232367862.jpg img20220124145232083383.jpg img20220124145230447749.jpg

はじめに

Introduction

地区別戦略事業(以下、ちくせん)とは何だろう。ひと言でいえば、公民館区ほどの単位で、生活に必要なしくみやサービス、活動を、住民自らが企画し実施する。そのために必要な初期費用を町が負担し、取組を促進する事業である。
 
けして町からの強制ではなく、「やってみよう」という住民の意思が先にあり、自主的に手を挙げた地域だけが助成対象になる。一年かけて計画を策定し、4年間で実施。年度末には参画した全地区が集まり、どんな成果が得られたかを報告しあう。
 
2015年度より、国内で初めてこの「地区別戦略事業」に取り組んだのが、島根県邑南町である。その取組に刺激を受け、同様の事業を始めた地方自治体が現れ始めている。とくに日本各地の中山間地では人口減少が激しく、生活インフラや高齢者支援などの施策が待ったなしの状況にある。邑南町では町内の全12地区がちくせんの第1期に参加し、2021年度から始まった第2期にも11地区が参加している(*)。
 
中山間地に限らず、これからは都市部も含めて日本全体で人口が減っていく。各地で、まちの規模をダウンサイズしながらスムーズに行政機能を維持していくしくみが求められる。地域社会の自主的な運営のしくみづくりを考えるヒントとして、邑南町で行われてきた取り組みを参考にしていただけたら幸いである。
 

各地区のレポートは、全12地区を訪れ、ちくせんに関わった主要なメンバーから、「ちくせん第1期で実施したこと」「その成果と課題」「ちくせん第2期で行う計画」についてヒアリングした。読みやすさを優先して、要点に絞ってまとめている。

 

(*)口羽地区のみは、隣の阿須那地区とともに島根県の「小さな拠点づくりモデル地区推進事業」の指定を受け第2期の参加はしていない。が、より高度な地域自治組織づくりに邁進している。

ちくせんとは何か?

 

1.ちくせんの始まった背景

島根県邑南町は、2004年、旧羽須美村・旧瑞穂町・旧石見町が合併してできた町である。県の東西でみると中心付近、南北では広島寄りに位置する。2021年12月31日時点で、人口は1万194人。一時は消滅可能性都市896の一つに挙げられたが、わずか5年後には人口の減少率が改善した。2011年度以降、移住世帯数は増え続け、8年連続で20~30世帯越え。2015年以降、5年間の移住定住者数は63、49、65、67、48人。2020年度以降、再び転入者は減っているが、20代後半~30代前半の子育て世代が転入増となっている。  
邑南町での移住施策として有名なのが「日本一の子育て村構想」と「A級グルメ」だ。「日本一の子育て村構想」とは子育て世代に手厚い助成を用意した制度で、ほかの地域に先がけて2011年から始まった。また「A級グルメ」では、邑南町の良質な農産物を用いて本格イタリアンレストランを開業。それに伴い生産者やシェフを育成するなど、地域産業振興の対策として実績を上げた。
 
旗印としてはこうした施策が目立つが、その間、ずっと平行して行われてきたのが、2005年の「夢づくりプラン」事業に始まる、住民主体の地域づくりである。
 
2004年の合併後、町では公民館や自治会ごとに地区の未来を描く「夢づくりプラン」を実施。この際にも町のほぼ全地域が参加。この流れを受けて2011年から2015年度にかけて行われたのが「地域コミュニティ再生事業」だった。いまのちくせんにつながる「自分たちで自分たちの地域のことを考えよう」とする気運は、この2つの事業を通して培われてきたと言えるだろう。
 
夢づくりプラン、地域コミュニティ再生事業の延長上に、ちくせん第1期実現事業、ちくせん第2期発展事業がある。

 
 

2.ちくせんと総合戦略づくり

ちくせん第1期の計画策定が始まった2015年度は、ちょうど国の地方創生が始まったのと同じ年にあたる。国のまち・ひと・しごと創生本部からの要請により、各自治体は「人口ビジョン」と「地方版総合戦略」を策定した。邑南町では2015年1月、定住促進課が中心となり、部署横断で地方版総合戦略のプロジェクトチームを発足。「全町戦略」と住民が公民館区でつくる「地区別戦略」の両方から、町の総合戦略をつくることになった。  
「地区別戦略」という名は、「全町戦略」に対して生まれた言葉と言っていい。国の地方創生が、都会から地方への移住促進を強く打ち出していたこともあり、邑南町の地方版総合戦略も「移住定住促進」が大きな柱となった。地区別戦略の第1期も、この流れの影響を強く受けている。
 
全町戦略の方は、住民から広く参加を募り、ワークショップ形式でプランが練られた。
一方、地区別戦略は、全12地区それぞれが話し合い、取り組みたい事業を概ね3つずつ役場に提案。町に承認されれば年300万円の事業費が助成されるというものだった。ハード、ソフトいずれも対象で、自治会の承認があれば、地域の任意組織でも交付金の支払い対象となった。つまりちくせんは、住民主体の地域づくりの延長にある一方で、国の地方創生の一翼をになう機能も果たしている。
 
行政主導で決めるのではなく、外部コンサルタントに頼むのでもなく、住民自らが時間をかけて議論し、地区ごとに必要なプランを作成し、実践する。そうした時間のかかるプロセスで総合戦略を作成することをあえて選択したのである。

 
 

3.運営主体は自治会でも公民館でも任意組織でも

ちくせんが始まるまでに地域づくりの流れがあったとはいえ、従来よりしっかりした規模の予算がついたことで、これまで構想のみだったプランも具体的に動き出した。ある地区では移動スーパーの事業が始まり、ある地区では寄り合い処が設立され、お年寄りの集まるサロンが始まった。若者や町外に暮らす出身者が集まるお祭りや運動会を開催する地区もあった。町全体でみれば、ちくせんによって目に見える形で、活発に活動が行われるようになったと言えるだろう。
 
ちくせんは、公民館区を一つの単位とした地区ごとに進められる。ただし運営組織としては、自治会でも、それ以外の新しい任意組織や法人でも構わないことになっている。よって12地区それぞれ、どんな組織が中心になっているかはばらばらだ。ちくせん専用に新規メンバーを募ったところもあれば、自治会がその機能を兼ねているところもある。公民館活動の歴史が厚く住民になじみのある地区では、公民館長が主体となってちくせんを進めている。地区ごとに人数も、自治の歴史も異なる。一番やりやすい方法を選択できるよう、組織づくりから地域に委ねられている点も、この制度の自由度や幅を表している。
 
また、ちくせん第1期の間に平行して行われたのが、「都市交流推進拠点整備事業」である。都市交流活動を活性化し、継続的な地域経済循環を創出することを目的に行われた事業で、ちくせん事業の年300万円の助成に加えて、主にハード整備費として上限500万円を年に最大2案採択して助成。地区対抗のコンペ形式で行われた。4年間の実施の
結果、日貫地区のカフェ「一揖(いちゆう)」や阿須那地区のゲストハウス「mikke」をはじめ、町内に7つの交流拠点が新設された。

 
 
 

ちくせん第1期の「地区別戦略実現事業」では、国の地方創生との関連もあり、移住定住対策などの人口問題が一番の課題として掲げられた。ただし結果として、住宅施策などハード面の整備や、移住者数を目標数値として背負うには、一地区だけではコストもかかり対応が難しいといったハードルがあった。  そこで2020年度より始まった第2期の「地区別戦略発展事業」では、人口対策が主目的としては外され、代わりに5つの個別テーマが提示された。
 
①ひと・仲間づくり
②地域の子育て環境
③地域に必要な福祉
④地域資源の活用
⑤チャレンジテーマ
 
各地区はこの5つの中から2つ以上の個別テーマをえらび、事業計画に盛り込むことが求められる。同時に、目標数値および実施目標を地区ごとに定めて、評価の指標とすることになった。数値目標としては、SNSのフォロワー数や動画配信数、地産品の開発数などを前提とし、実施目標には各地区で実施する予定の項目が入れられた。
 
事業の一年目には、地区ごとに「地区別戦略実施計画(以下、実施計画)」と「事業計画」の2つの計画策定が求められる。実施計画のほうが上位計画になり、事業計画は実施計画の達成のために具体的に実践する取り組みを記す。そうして地区ごとに立てられた計画は、それぞれ、行政担当課、中間支援組織、補助事業者において審査が行われる。一年目に策定した事業内容は、2年目以降、随時、評価・更新を行うことになる。

 
 

ちくせんの特徴と課題

 

4.地区が戦略をもつ意味

12地区それぞれに取組の個性があり、うまくいった点、課題も異なるが、俯瞰してみると、いくつか共通の項目が見えてくる。 そのなかでも特徴的な点をいくつかピックアップして紹介したい。
 
まず、ちくせんの大きな効果の一つは、関わる住民が地域の課題を自分ごととして捉えるようになっていくことだろう。これまでは行政にお任せだった面を、自分たちで考えるようになる。何を優先すべきか、どういう組織と連携していけばよいか。邑南町のなかでももっとも人口の少ない布施地区で、ちくせんに携わってきた品川隆博さんは、こう話していた。
 
「ちくせんに関わっていると、地区の課題が俯瞰して見えてきます。この分野ならこの組織と連携するべきなど関連性を考えながら、自分たちで事業を組み立てていける。そこが従来の自治会とは違っています」
 
従来は行政や社会福祉協議会などから事業がおりてきて、地域住民がその都度、なかば言われるがままに対応していた。ところが地域の側に幹となる戦略ができると、その実現にどの事業が当てはめられるかを、地域主体で考えるようになる。関わる部署や財源は複数の事業をまたぎながら、大きくは地区の戦略を進めていくことができる。
 
ちくせんの運営組織は、一つ一つの活動をつなぐ母体組織になっている。

 
 

5.地域運営組織の法人化が進んだ

次に、ちくせんの成果として大きいのは、地区主導で事業を進める地域法人の設立が促進された点だろう。ちくせん第1期をとおして、3つの法人組織が新たに設立され、既存組織を含めると町内に7つになった。  
もともとちくせんより前からある出羽(いずわ)地区の「LLC出羽」は、地区内の収益事業の受け皿として機能してきた。集落営農や空き家事業のお金の出入り機関として、活発に利用されている。ちくせん第1期で新たに設立されたのが、田所地区の「LLCたどころ」や日貫地区の「一般社団法人弥禮(みらい)」。それぞれ商品開発事業や、宿泊業などの収益をこの法人に入れ、ほかの活動費として充てることを見込んでいる。
 
さらにこの組織が、単なる収益管理のためだけではなく、より高次元で、集落の活動を支える地域運営の基盤になっている地区もある。たとえば、口羽地区の「LLPてごぉする会」は、高齢化でまわらなくなった集落をサポートする機動力のある組織を目指してつくられた。さまざまなコミュニティ・ビジネスを複合的に行い、得た収益を福祉サービスにまわすような形で、役場の補完的な役割を果たしている。
 
邑南町だけでなく島根県も率先して、こうした集落自治の機能を「小さな拠点」として促進していこうとしている。

 
 

6.外部のエキスパートが関わる強み

邑南町では全12地区が同時にちくせんを進めているため、お互いに横を見ながら学びあい、先行地域を参考にしたり反面教師にすることができる。ときには地区同士が競争心をもち、切磋琢磨して刺激を受け合っている。年に一度は全地区が集まり、成果報告し合う機会があるのも大きい。  
地区同士のノウハウの共有を伝達する役割を、一役も二役もかっているのが、町役場とともにちくせん事業を進めてきた中間支援組織「一般社団法人小さな拠点ネットワーク研究所」である。邑南町のちくせんは、この一般社団法人を抜きには語れない。町内に拠点を置くこの法人は、白石絢也さん、吉田翔さん、檜谷邦茂さんの3名から成る組織で、地域づくりの研究およびドゥタンクとしての機能をもつ。こと邑南町のちくせんに関しては、白石さんと吉田さんが細かく各地区に入り、地区のコアメンバーに伴走してきた。地区で行き詰まることがあればアドバイスをしたり、法人化のための知識を共有したり、ほかの地区から学ぶ機会をつくることもある。
 
役場内に、ちくせん担当者は2~3名しかおらず、それぞれ別の仕事も抱えている。そんな状況下でこれだけ積極的に先進的な取組が進んでいる背景には、中間支援組織の働きが大きい。

 
 

7.見えてきた、共通の課題

ちくせんによって活動が活発化すると、同時にさまざまな課題も生まれる。集まるメンバーやその時々の化学反応によって、うまくいく地区と当初の計画からずれてしまう地区もある。だがそうした失敗を込みにして、新しいチャレンジができる機会を創出するのが、ちくせんの大きな特徴でもある。  
個別の課題は地区ごとのレポートに委ねるが、ここでは多くの地区に共通して見られた課題を2点挙げる。
 
まず一つ目に、より多くの地区住民に参加意識をもってもらう難しさである。関わるコアメンバーは地区の課題を認識し、危機感を感じて取組に真剣になる。ところがそうでない人たちから「ちくせんは、あいつらがやっていることだから」と、一部の人による動きだとされる声があがりがちだ。一人でも多くの人に自分事化してもらうのは、地域活動につきものの課題である。
 
とくに若い人たちを巻き込むのは難しく、多くの地区で課題として挙げられた。日和地区のように、若者の自主的な活動とちくせんのタイミングがあったケースは稀で、そもそも若い人の絶対数が少ない地区ではとくに苦慮している。ただし、運動会の企画や祭りの運営など、楽しみながら参加できる機会をつくることが、若者が参加する入口になったケースはある。また井原地区では若い層が同級生同士で声をかけ合い、新しい組織「いばらMIRAIクラブ」を結成した。
 
また、もう一つ顕著だったのは、法人化した際に「利益を上げること」と「地区の支援をする」両輪のバランスをどう取るかという問題だった。ちくせんを通して法人組織ができたにもかかわらず、一部の人たちの利益に偏るのではとの疑問が起こり、ちくせんから離れたというケースは一つではなかった。利益を生む組織であることと、地域全体の公益のための組織であることの両立は、非常に難しい面がある。

 

まとめ

Conclusion

ちくせんは地区ごとに特徴があり、それぞれ異なる課題を抱えている。だが、全国どの自治体でも「小さな政治」に移行していかざるを得ないこれから、自治運営組織を強化していく必要性は共通して高まっている。ほかに先駆けて試行錯誤しながら、運営組織を整え、ボトムアップで取り組みを進めているトップランナーが邑南町と言えるだろう。

HOME

© 2022 Chikuse.club