中野

なかの

Nakano Area | CASE STUDY NO.09
 

移動販売の成功を土台に、安心して暮らせるサービスを

お年寄りが待っとるから、やめられん

予定よりずいぶん早い時間から家の前で待つ年配の女性がいる。畑仕事をしながらそわそわと気にする人も。みなが心待ちにしているのは、移動販売車「見守りスーパー にこ丸くん」だ。  
中野地区のちくせん第1期、実現事業により、2018年に始まった移動販売のサービスである。地区北部にあった店の閉店をきっかけに、買い物支援と見守りを兼ねた事業として始まった。
 
地域マネージャーである飛弾智徳(ひだとものり)さんは、全国各地で行われている移動販売の事例をあれこれ調べた結果、「とくしまる」という全国展開するサービスを参考にして、運営方法を組み立てていった。近隣のスーパーから買い取る形で商品を仕入れ、契約している家一戸一戸をまわる。日用品や食品、生鮮品など、客が選ぶ楽しみを損なわぬよう、リスクも覚悟で定番品以外にも数種類を取り揃える。
 
「まずは実験的にやってみようと始めたんです。でもお年寄りがみんな待ってくれとるもんだから、やめられんようになってしまって」と、困った顔をしながら、でも嬉しそうに飛弾さんは話した。
 
「次に来るとき、これを買ってきてほしい」と注文を受けることもある。一軒一軒まわるため、高齢者の見守りサービスにもなっている。
 
「配達の際に、体調の悪そうなお年寄りにはどうしたんって声かけたり、大変やねぇって長いこと話し相手になったり。話が薬みたいなところもあるのでね。チャイムを押してもなかなか出てこんので心配になっとると、普段とは違う畑から戻ってきてるのに出くわして、ほっとしたりして」
 
あるとき、いつもの時間になっても顔を出さない人がいた。玄関には鍵がかかっており、知人から電話をかけてもらっても出ない。心配になった知人が裏口から入ってみると、硬膜下血腫で寝込んでいたという。そうした事態の早期発見にもつながっている。

人手不足と、不安定だった体制

もともと中野地区で始まった移動販売事業だが、ほかの地区からも要望があり、いまは火・金は中野、矢上、井原、日貫へ。2020年12月から月・木は市木にもまわり始めた。2018年の初年度には約33万円の利益だったが、2年目には約91万円、3年目には112万円と、3年間で徐々に売上を伸ばしている。  
ところが中野地区の第1期のちくせん全体をふりかえれば、最後まで運営体制が安定しなかったと飛弾さんは振り返る。
 
「役員の中には充て職のような感じの方もいて、会議の参加率もまちまちでなかなか思うように進まんかったんです。移動販売も、自分ともう一名パートの女性がおるだけで、どうにかやってきたけどこのままじゃいかんなというのがありました」
 
そこで、第2期の発展事業では、新しい体制づくりから始めた。事務局長に民間企業を定年退職したばかりの上田元春(もとはる)さんに入ってもらい、ほか、元社会福祉法人の理事長でもある辰田直久さんとともに、一人ひとり声をかけ、老若男女17名の有志が集まった。2020年の改革策定前にはこのメンバーで新しく「中野ちくせん新鮮組」を結成。
 
心機一転、2020年より「にこ丸くん」事業の拡大と、それ以外にも地区のサポート企画を楽しく行っていくことを目的に、発展事業は始動した。

行政ができないことを補う

具体的に何をどう進めていくかを決める前に、住民の意見を募ろうと中野地区全戸対象にアンケート調査を行った。アンケート項目には「『にこ丸くん』の取組を知っているか」「現在困っていることを相談できる先はあるか」「生活支援でどんなことを実施してほしいか」「子育て環境で困っていることは」といった質問項目が並んだ。結果、にこ丸くんの認知度は9割もあることがわかったが、同時に知っていても利用していない人が多いという課題も見えた。ほかの要望も含めて話し合い、発展事業の実施計画には、次の5つの柱を掲げた。  
「見守りスーパー『にこ丸くん』事業の推進」、困りごとを解決する人を派遣する「中野人材センターの設立」、不要品のリサイクルや栽培した野菜の販売もできる「フリーマーケットの開催」、「空き家・空き地の利活用」、「中野ブランド、特産品の開発」。これらを生活支援、産業振興と、定住促進の3部会ごとに話を詰めていく。
 
「たとえば耳が聞こえん独居老人がいて、病院行くにも付添がおらんといかん。毎回別居の娘さんが仕事を休んで付き添っとるんですが、中野人材センターで2時間付き添える人を斡旋してあげる。60歳以上でも付き添える人はおるからね。そうした助け合いのサポートができれば、中野に安心して暮らし続けられるでしょう。ここに住んどってよかったなぁって思ってもらえると思うんです。それって結局、行政ができんところを埋める仕事だなと。移動販売にしてもそうですよね」(飛弾さん)

コロナで希薄になるつながりを、取り戻すきっかけに

さらに移動販売事業を本格的に進めるために、第2期に入って法人化を決めた。新鮮組の17名が「合同会社にこ丸」の発起人として名を連ねる。移動スーパー以外の活動も、この法人をエンジンとして進めていく。上田さんは言う。  
「個人では受けにくい助成金なども受けやすくなるのが法人化の一つの理由です。ただし事業といっても、みんなが楽しみながらやっていくのが一番。いまのメンバーも一年ずっとボランティアで協力してくれとるわけやからね。頑張った結果、わずかでも報酬につながりましたよというのは一つの目指す姿かもしれんけど、儲けることが目的ではなくて、事業をきっかけに、みんなで協力して知恵を出し合ってやっていくのが大事やと思ってます」
 
 
中野地区には、病院もあり学校もあり、店もある。町内のほかの地区に比べれば恵まれている面も多い。それだけに危機感をもちにくい地域でもあると、辰田さんは言う。
 
「いまは困っとる人が少ないように思うけど、地区の人口ピラミッドを見れば、70代が飛び抜けて多いんよ。それが10年後、20年後にどうなるか。いまのうちに、自分たちが『あったらええな』と思うサービスを準備していく必要があると思うんです」
 
地域に、コロナ禍が与えた影響は大きい。葬式などの行事や祭りごとは一切なくなった。
 
「若い人はネットで買い物したり便利な面もあるけど、地域のコミュニケーションの面でみたら、確実に失われとるもんがある。そやから、ちくせんをきっかけに、小さいことでもまずはやってみようと。儲けようじゃなしに。それで助かったわぁっていう人が一人でもおれば、うちらメンバーはよかったなって喜んで。その日のわずかな儲けで一杯飲んで、じゃあ次はどうしようかってみんなで考える。それでええんです」(辰田さん)
 
上田さんも続ける。
 
「ちくせんの最大の課題はね、地区の人が理解して協力してくれるかどうか。そこは年寄りが頑張って顔をつなぐ。みんな“人”はよう知ってるわけやから。コミュニケーションの領域だけは、わしらがしっかりしたもんを若い世代につなげて、そうしたらいいムードの地区になると思うんよね」
 
自分の暮らす地域のこととはいえ、個々人が真摯に地域の将来を見据えて、何が必要かを考えている。そうしたきっかけをつくるのがちくせんとも言える。
 
行政が見てきた視座を住民がもつようになる。そのときに初めて、地区主体のまちづくりが始まるのかもしれない。