矢上

やかみ

Yakami Area | CASE STUDY NO.08
 

「やまんば」をモチーフに観光客も地元民も楽しめる地域づくり

伝説の「やまんば」をモチーフに

矢上地区は、邑南町のなかでもっとも人口の多い地区である。町の全人口の約2割にあたる約2100人が矢上に暮らしている。本庁舎の所在地であり、「香木の森公園」や「いこいの村しまね」などレジャー施設も充実しているまちの中心部だ。  
この矢上のちくせん事業として行われたのが「やまんばの里づくり大作戦」だった。具体的には「やまんば洞窟・原山登山道整備事業」「やまんばグルメ・街中ぶらり事業」「やまんばの里・地域学校事業」の3本柱。まず、なぜやまんばなのだろう?
 
ちくせんを中心になって進めてきた一人、三浦幹雄さんはこう教えてくれた。
 
「矢上地区には『やまんばさん』の伝説があるんです。全国にやまんば伝説はたくさんあるけど、よくないイメージの方が多いでしょう。でも矢上のやまんばさんは、優しい、子どもたちも大好きなやまんば。里へ降りてきてお手伝いしてくれるなど、昔から言い伝えがいろいろあるんですね。田植えのときに10人呼んだのに作業中は11人と一人増えている。お昼時になるとなぜか一人ぶん余る。これはやまんばさんのシワザだろうと」
 
「やまんば」をモチーフにした活動はちくせん以前からあり、毎年8月に行われる「やまんば祭り」も40年ほど続いていて、すっかり定着している。
「矢上に住んでいて、やまんばを知らない人はもぐりです」と三浦さんは笑った。

やまんば洞窟のある「原山」の登山道整備と里地域学校

こうして地域に根付く「やまんば」をモチーフにしたちくせんの実現事業では、3つの取り組みが進められた。まず、「やまんば洞窟・原山登山道整備事業」では、過去に整備された縦走コースほか4つの登山コースを改めて整備。地元の人たちに再び原山に親しんでもらうと同時に外からの登山客を呼び込むことが目的にあった。  
この登山道整備事業を担当したのが三浦さん。さかのぼれば、初めは2008年頃につくられたというこの登山道。以前は小学校の遠足コースだったが、最近ではあまり利用されていなかった。
 
「小学校の遠足も、最近は水族館や広島の動物園にバスで行くので、原山に登らなくなっていたんですね。せっかく地元に山があるんだから、もっと活用しましょうと呼びかけて。小学校6年生が我々が整備したコースを歩いてくれるようになりました。子どもの頃に知っていたら、大きくなってもまた上がってくれるでしょうし」
 
2つめの事業、「やまんばの里・地域学校事業」でも、子どもたちを連れて原山に登ったり、ミニ4駆のイベントを開催したりといった活動が行われた。ただし、「地域の伝統を子どもたちに伝えていこう」という主旨の事業だったが、既存の「やまんば祭り」「田植え囃子」が教育委員会の管轄だったこともあり、その兼ね合いで展開が進めにくかった面もあったという。ちくせんのような期間限定の事業では、既存の取り組みとのすみ分けや継続の仕方が課題になりやすい。

20店の飲食店が「やまんば」にちなんだメニューを提供

一方で、はっきりした成果を上げたのが「やまんばの里・街中ぶらりグルメ事業」だった。飲食店や観光施設の多い矢上らしく、飲食店それぞれにやまんばにちなんだメニューを用意してもらい、集客を図ろうという企画が実現に至った。  
最初は16店舗だった協力店が、現在は20店舗に増えている。各店ごとに、「やまんば丼」「やまんば定食」「やまんばうどん」「やまんば鍋」など、やまんばにちなんだメニューを提供。2018年の3月には「香木の森」に、地元の飲食店20店舗の看板が設置された。
 
この企画には、もともと「香木の森」を訪れる年間20万人近くの観光客を、地元の飲食店に誘導しようという意図があった。
 
「当時A級グルメとして有名だった『里山イタリアンAJIKURA』にはわりとお客さんが入っていましたが、ほかの飲食店の集客にはつながっていなかったんです。ほかにもたくさん地元には飲食店があるので、もっと活用してもらおうよということ」(三浦さん)
 
その後、「いこいの村しまね」の宿泊客の朝食にも、地元の飲食店を使ってもらうようになった。最終的に、目的にしていたことがかなった形になる。
 
コロナの影響もあり、まだ目に見えた効果は表れていないが、飲食店への導線づくりが確実に行われた。

期間の問題と、自治会との重複感

ちくせん事業としてそうした活動を行ってきて、いま課題を感じているのはどんな点だろう?まず三浦さんは、ちくせんの助成期間の問題を指摘した。  
「いま町に言われているちくせんの期間は、5年スパンです。1年で計画して、4年で実践する。これだと長すぎるように思うんです。飽きちゃうんですね。60人いた参加者が最後には15~16人しか残らない。こういう活動は、関係者が楽しめるかどうかが大事で、期間が長いと楽しめるものも楽しめなくなる。3年で仕切り直して新しいことをやっていく、くらいがちょうどいい」
 
もう一つ、ちくせんの実行委員会の会長を担う小笠原さんが挙げたのは、自治会との重複感、若い世代が参加しにくい点だった。矢上には5つの自治会がある。
 
「その各自治会に青年部があるんです、50代や60代が入っていたりと年齢はいろいろですが、自治会の行事は青年部が中心になってやったりしている。それがちくせんの単位になると、なかなかまとまらないんですね。なのでちくせんに若い人たちが積極的に参加する形になっていないんです」
 
自治会に若い人たちが参加してうまくまわっているのであれば、地区単位で新たな組織をつくる必要もないのではと聞いてみた。
 
「ですが自治会の行事をはたして若い人たちがやりたくてやっているのかが問題です。上の世代からただ引き継いでいる感もあるんじゃないかと。だとしたらこのちくせんが、新しいやり方に変えるきっかけにもなるかもしれない」 

「矢上地区民80%の参加」をめざす

2020年度から始まった第2期の発展事業は、どんな展開になる予定なのだろう。大きく2つあり、「地域資源の整備事業」と「イベント・祭り事業」の2本柱で進めようとしている。  
「地域資源の整備事業」では、これまでの流れを受け継ぎ、登山道の整備を行いながら、新たに「香木の森再生プロジェクト」と連携して森の整備を進める。日頃から多くの人でにぎわう「縄文村」から「香木の森」の間の遊歩道を整備。月に2回のボランティア活動として、草刈りをしたり植樹したり。参加者はスタンプをもらい景品と交換できるなど、ボランティアの活性化にも知恵を絞っている。
 
「30代の親が子どもを存分に遊ばせられるような環境を整えたいんです。自然の遊びもできるような」(三浦さん)
 
「イベント・祭り事業」では、従来のやまんば祭りとは別に、若者が自発的に参画するような取り組みを始めたいという。「なかなか実現が難しいんですけれども」と小笠原さんは話していた。
 
一方で、ちくせんの助成期間の終了後も活動を継続していく方法を考え始めている。矢上にはもともと、地区固有の「矢上コミュニティ委員会」という組織があり、各戸から月300円の会費でまかなわれている。このコミュニティ委員会と連動できれば、助成がなくても活動を継続していけるかもしれない。
 
発展事業の計画書には「矢上地区民80%の参加」と、目標値が記された。若い人たちが参画したくなるような、新しい試み。そのためにまず何が必要なのかが問われている。